こんにちは、モンブランです。
そんな文言を77回、今回で78回も繰り返してきたけれど、千の秋は過言であるにしても飽きもせず繰り返し続けてこられたのは、やはりというか単純な話、“名乗り”だからだろう。
玖渚盾のパパの戯言シリーズその1。
まず名乗れ。誰が相手でも。
そして名乗らせろ。誰が相手でも。
20年も本名を名乗らなかった人間の、戯言遣いのありがたい戯言だ。説得力は有り難くとも、真意は突いている。
かの有名な紫式部にしても、当時は時の権力者の藤原道長の目にも止まり宮中に取り立てられたほどだけれど、『源氏物語』の作者として後世の我々にも知られることになったのは彼女自身の日記に書かれていたからに他ならない。
日記に『源氏物語』を書いたことを綴らなければ、『源氏物語』は作者不詳のままだったのだ。
今にちほど物語の立ち位置が低く、作者の名を記すことがなかったとしても、作者不詳で済ませてしまうにはあまりに惜しい。
やはり名乗らなければなるまい。
ソースは明確にしなければなるまい。果たし合いで名乗りを上げた過去から、インターネットに書かれた記事に至るまで。尤も古式ゆかしく執り行われた武士道は西洋の実力主義に淘汰され、情報の海の湧きどころは大概正体不明であるのだけれど。
矮小な己を守る為の、偽りの名乗りである。
息を吐くように嘘を吐いていることを承知で、恥の上塗りならぬ嘘の上塗りをするが如く、書いて見せよう。
青色サヴァンと戯言遣いの物語のその先が描かれた『キドナプキディング 青色サヴァンと戯言遣いの娘』の感想を。
これ、マジで言ってるんだけど。
首を洗って待ってたかい? <戯言シリーズ>最新作
玖渚盾が挑むのは、古城×双子×首なし死体私立澄百合学園に通う玖渚盾(くなぎさじゅん)、十五歳。
“パパの戯言”と“ママの法則”を携えた「平凡な女子高生」が、
人類最強の請負人・哀川潤に誘拐されて、
玖渚機関の牙城“玖渚城”に送り届けられてしまう!
彼女を待ち受けていたのは、青髪青眼の少女たちとの邂逅と悲惨な殺人事件。
はたして盾は謎を解き、無事に帰還することができるのか?
新青春エンタの傑作<戯言シリーズ>、大団円の先の最新作、ここに結実!!
溢れる情報に簡単に手を伸ばせる社会において、完全なるネタバレ回避は不可能だろう。故にここは割り切って、あらすじをなぞる形で内容にもある程度触れつつ書き連ねていく。
1.玖渚友と戯言遣いの娘
2人の子どもの存在は、戯言シリーズの番外編でもある最強シリーズの1冊目『人類最強の初恋』でも書かれており、その名前に〈人類最強〉の哀川潤の「じゅん」という読みを貰うことも触れられていた。
そして、今作の主人公たる彼らの娘は玖渚盾(くなぎさじゅん)。彼女はパパの戯言に従って、きちんと名乗っている。
「私の名前は玖渚盾。誇らしき盾」と。
「誇らしき盾」と「矛らしき盾」、つまり矛盾と掛けられているのだろうが、彼女に矛の要素も盾の要素も見られなかった。
自称通りの平凡な女子高生だった。
己の両親がやばい奴らだったと認識しており、何なら反抗期の表れとして、戦闘集団を養成していた時代とは打って変わって普通の高校になった私立澄百合学園で寮生活を送るくらいには、ごく一般的な感性を持っている。
パパの戯言はまこと戯言に過ぎないけれど、ママの法則には大きな意味があった。
100の戯言よりも大きな1の法則。
「機械に触るな」
お陰で、技術の発展がさらに進み文明の利器が跋扈する世の中で、盾は機械に触れない生活を生まれた時からずっと強いられていた。
スマホは勿論のこと、家電から外の乗り物まで全てダメ。
両親の夫婦喧嘩の末に若干は緩くなった法則でも、やはり機械には触れない。
読み始めた当初は、過去に世界を股にかけて暗躍したハッカーだった母の戒めなのかと思っていたけれど、そんな些末な事情よりも遥かに大きな愛情があったのだ。
母から娘への愛情が。
“あの”玖渚友に人間らしい情があることに、若干の寂しさを覚えながらも、ハッピーエンドの延長線上に在ることを改めて嬉しく思ったのは言うまでもない。
書きはするけど。
マジで「平凡な女子高生」の設定をちょっと尖らせるためだけの法則じゃなかったから、もしも読了していないのだったら“こんなもの”を読んでいないでさっさと本の方を手に取っていただきたい。
そもそも、“あの2人”の娘が本当に平凡である筈がないじゃないか。
2.哀川潤と玖渚家
哀川潤には誘拐の前科がある。
ついでに、盾の父親・戯言遣いとはどういう出逢い方をしたのか?
これ以上は語るまい。
哀川潤に誘拐されてやって来た玖渚城には、玖渚家の人々(あらすじにないので詳しくは言及できないが)が居り、青髪青眼ーーかつての天才だった頃の玖渚友を彷彿とさせるような少女たちとも出会うことになる。
青色青髪はサヴァンの証。血縁があっても、同じように生まれる確率は低い。元よりあり得ない。
では何故、かように不可能を可能にしたのかーーそうせざるを得なかったのか?
それは玖渚盾が誘拐された理由にも繋がるのだが、あらすじの範囲を超える核心部分になるので秘匿事項。双子のうちのある女の子は可愛いとだけ言っておこう。尊いとも。
3.首なし死体と殺人事件
原点回帰。首を洗って待っていた読者に与えられたのは、首なし死体の殺人事件だった。
これは戯言シリーズ第1作『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い』にて、玖渚盾の両親が巻き込まれた事件と全く同じ状況だ。
ミステリ用語としてフーダニット、ハウダニット、ホワイダニットといった文言があるけれど、この作品に関してはシンプルに一つの謎だけを考えれば良い。
何故、死体の首が切られていたのか?
『クビキリサイクル』の時にも、犯人の怨恨や猟奇的な趣味によるものではなく、首を切る行為には意味があった。今作もそう。犯人が首を切った理由がわかれば、犯人の正体も明らかに……。
なりはするのだが、マジなミステリを期待する読者が居たとしたら「やめとけやめとけ」と言っておこう。
吉良吉影の同僚のように気安く窘めよう。
『クビキリサイクル』から一貫して、西尾維新先生のミステリトリックには穴が大きい。物理的にあり得ない。有り体に言って無茶だ。
マジにツッコミどころ満載なのだが、作中ではそれがまかり通り真相が解明される。
ミステリとして成立してしまう。
だから、西尾維新先生のミステリを読む際は深く考えることはせず、ノリと勢いに任せて読み切ってしまおう。それさえ心得ておけば、読後感は悪くない。
揚げ足取りという勇み足はせず、地面に大の字になるくらいの鷹揚さを持てば、きっと楽しい読書ができる。
戯言だけどね。
はい。という訳で、『キドナプキディング 青色サヴァンと戯言遣いの娘』の感想を西尾さんの文体っぽく書いてみました。
唐突に雑学を披露したり、似た音の言葉を重ねたり、句をリフレインしたりするのは大変ですね。最近では、特に仕事において、正確な意味を簡潔に纏めることが多いので、書いてみると更に冗長さを感じました。それが癖になるかくどく感じるかで、好みが分かれるところです。
西尾さんの近作は正直つまらなくて離れかけていたのですが、今作は中々面白かったです。まだまだ勢いは失われていないぞというところを見せていただけました。
今作の主人公の玖渚盾ちゃんはとても魅力的ですね。やばい両親や周囲に対して普通であろうとしているものの、彼女のパーソナルにも中々ツッコミどころがあって面白いです。年下好きは父親と真逆ですが、身体の頑丈さ、メイド好きや人の言うことを聞かないところは父親にそっくり。
加えて、平成では奴隷だったあの子が令和では盾ちゃんのシッターさんになっていたエピソードも微笑ましかったです。令和でも奴隷は流石に不味かったのでしょう。平成ならノープロブレムという訳でもありませんが。
そんなこんなで、戯言シリーズの過去と未来と現在に触れられて、とても楽しい読書でした。
これを書き終えた後で、また最初から再読してみようかと思います。
ではでは、今回はこの辺で!